大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和58年(刑わ)1641号 判決 1983年9月27日

被告人 武藤慶滿

昭二一・一一・一生 会社役員

主文

被告人を懲役六月に処する。

この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。

賭博機械(ゴールデンポーカー)九台(証拠略)並びに押収してある現金七六万四〇〇〇円(証拠略)及び鍵二束(証拠略)を没収する。

被告人から金三三万円を追徴する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、長崎県内の高校を卒業するとともに上京し、東京都内や栃木県内において不動産会社員、人形販売員などをし、次いで、昭和五六年二月ころ独立し友人と共同で不動産業を営んでみたが、間もなく失敗し、翌五七年一一月ころからはこれをやめて、以後とくに定職に就くこともなく過ごしていた者であるが、右事業の失敗による借財及び生活費の不足を補うためいわゆるサラ金業者から借りた借金等の返済に窮し、その打開策として、スナツクを開店する装いのもとに、その店内にいわゆるポーカーゲーム機を設置して一挙に利益をあげようと企て、昭和五八年四月三日ころ、東京都港区赤坂三丁目二〇番六号川木ビル三階にパブスナツク「浅香」を開店するとともに同店内に「ゴールデンポーカー」と称するテレビ遊技機九台(証拠略)を設置のうえ、常習として、昭和五八年五月二〇日ころから同月二四日までの間、同店舗内において、相沢利正、川島豊及びその他の、被告人が現行犯逮捕された同月二四日の時点で、右ゲーム機内から発見された千円札合計五九九枚中五八九枚を投入したとみられる氏名不詳の多数の客を相手方として、右遊技機中八台(証拠略)を使用し、客に一〇〇円を一点とする計算のもとに一〇点分一〇〇〇円を単位として適宜の枚数の千円札を遊技機内に投入させてこれを賭けさせ、機械に装置されているボタン操作を客に行わせて、これにより同機械表面にあるテレビ画面に現われるトランプカード五枚の組合せ等によりあらかじめ定められた配点ルールにより総得点を決めて勝負を争う方法の賭博をしたものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示所為は一罪として刑法一八六条一項に該当するので、所定刑期の範囲内で被告人を懲役六月に処し、後記情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとする。

次に、本件賭博機械九台(証拠略)のうち八台(証拠略)は、判示期間中の本件犯行の用に供した物であり、他の一台(証拠略)はこれに供しようとした物であり、押収してある鍵二束(証拠略)は右賭博機械九台の各従物であり、同じく押収してある現金のうち賭博結果の清算用として準備されていた現金五〇万五〇〇〇円(証拠略)は判示犯行の用に供しようとした物で、いずれも被告人の所有する物であるから、それぞれ同法一九条一項二号、二項本文により、また押収してあるゲーム機内在中現金のうち二五万九〇〇〇円(証拠略)は判示期間中の本件犯行を組成した物であると同時に右犯行により被告人が得たる物であつて、被告人の所有する物であるから同条一項一号及び三号、二項本文により、いずれもそれらを各没収することとし、同じくゲーム機内在中現金のうち三三万円(証拠略)についても右と同様であるべき筈のところ、右現金は、後記のとおり被告人がゲーム機調整時に投入したテスト金一万円と混合していて特定できず没収することができないので、さらに同法一九条の二を適用してその価額を被告人から追徴することとする。

(補足説明)

判示没収及び追徴に関連する若干の問題点について、当裁判所の判断を以下簡単に述べる。

一  没収等の前提となる有罪認定事実の範囲について

没収・追徴等の処分は、元来有罪認定の対象となつた犯罪事実を基準とし、その事実との関係で刑法一九条一項各号該当事由の存否を判断してなされるべきものであるところ、本件の当初の訴因は、「昭和五八年五月二四日」の、「相沢利正ほか一名」を相手方とする常習賭博行為とされていたもので、それがその後の公判段階において、「昭和五八年四月三日ころから同年五月二四日までの間」の、「相沢利正ら」を相手方とする常習賭博行為というように一部記載が改められたものである。右変更の主たる理由は、推察するところ、旧訴因のままでは没収等の可能な範囲が、理論上必然的に、「五月二四日」の、「相沢利正ほか一名」を相手方とする常習賭博行為を基準とする範囲内だけに限られてしまい、そうなつては右犯罪事実の範囲外のもの、すなわち右同日、相沢利正ほか一名が使用したゲーム機以外のすべてのゲーム機の在中金はもとより、右同日同人ほか一名が使用したゲーム機の在中金であつても右二名が使用する前に先客が投入していた部分について没収等をする根拠がなくなつてしまうのではないかと考えられ、逆に訴因の記載を右の如く改めておけば、本件の場合四月三日にゲーム機の稼働を開始して以降五月二四日に賭博行為を現認され逮捕されるまでの間の賭博行為が全部対象となり、そうすれば店内に設置した全ゲーム機の在中金を没収することが可能になるのではないか、との考え方によるものであろうかと思われる。

ところで本件は、証拠上、客である相沢利正ほか一名を相手方とする賭博行為の事実関係は具体的に明らかとなつているがゲーム機の稼働開始後逮捕に至るまでの全営業期間中における、多数の客との間の賭博行為がすべて個々的・具体的に明らかになつているという事案ではない。すなわち、証拠によれば、被告人は現行犯逮捕される数日前の五月二〇日ころ、店内に設置した全ゲーム機から在中金を回収し、その際ゲーム機の集計メーターを「0」に戻したことがあり、そのため右二〇日ころ以降逮捕当日である同月二四日までの間の賭博行為分については、逮捕の時点でゲーム機内に在中していた千円札の枚数、被告人が記録していたゲーム機別の集計表の記載、被告人や従業員等同店関係者の具体的・個別的内容を含む供述等々前掲の証拠によつて右二〇日ころより前の他の賭博行為から区別しある程度具体的に認定できなくはないのに対し、右二〇日ころより前の賭博行為については、これを個々的に又は具体的に明らかにしうるような帳簿、メモ等の証拠は一切存せず、せいぜいゲーム機の設置ないし使用期間、及びその間に日数、回数、客数等は不明であるけれども各ゲーム機が継続使用されていたこと等の、いわば抽象的、概括的状態を認定しうるにすぎないのである。そうしてみると、少なくとも五月二〇日ころより前のものについては、開店後ゲーム機の使用が継続されたという営業経過的事実を認めるには十分であるとしても、罪となるべき事実として特定・摘示しうるような常習賭博行為を認めるには全く足りないことが明らかである。検察官が本件におけるそのような証拠関係を知りながら敢えて前記のとおり訴因の記載を改めた趣旨は、本件の如く、一連の賭博行為を全体として常習を賭博行為の一罪と評価すべき場合には、全体としての賭博行為の始期と終期、これに使用されたゲーム機、その設置場所等々を特定することによつて、一罪とされる行為の全体を他の行為から区別して認定することができれば足り、そのような一罪を構成している個々の賭博行為を個別的に認定しうるまでの必要はないとの考えに依拠するもののように理解される。しかし、考えてみるのに、刑法一八六条一項の常習賭博罪においても処罰対象とされているのは、結局個々の、具体的な賭博行為そのものであつて、例えば賭博を主たる内容とする営業行為をしたというような行為ではない(同条においても、個々の特定の行為が処罰対象となつていることは他の罰条の場合と同じであり、例えば、無認可営業を処罰対象とするような場合とは構成要件の定め方が異なるのである。)。したがつて、ある期間内に反覆された多数回の賭博行為の全体を常習一罪と評価するというときも、それは構成要件上は、究極のところ個々的に識別の可能な賭博行為が多数存在していることの認定が可能なことを当然の前提とした上で、ただそれらの行為を全体として一つの常習性の発現行為と評価すべきものとみられる限りにおいて一罪としての扱いをするのが適当であるという趣旨にすぎないのである。したがつて、個々的な賭博行為の存在を証拠上全く識別・認定することができず、単に店内に設置された賭博機を使用しての賭博営業が一定期間継続されていたことの概括的認定が可能であるにすぎないという場合に、それだけで常習賭博罪に該る特定の犯罪事実の認定として十分であると考えることはできないのである(言うまでもないことであるが、賭博行為が個々的に明らかであるかどうかということと、個々的に識別可能な賭博行為の相手方の氏名が不詳であるかどうかということとは同じではない。)。

ところで、右の考えを徹底するときは、本件賭博行為の事実のなかで細部まで個別的、具体的な認定が可能なのは、現行犯逮捕により賭博行為の相手方も判明している事実の限度、具体的には五月二四日の「相沢利正ほか一名」との間の賭博行為に限るのが最も簡明で理論上の疑問も少ないことは明らかである。そしてこの場合には、右同日の、右二名の客が投入した千円札の限度で没収・追徴が可能となるだけで、右二名が使用したゲーム機の在中千円札であつても、先客分については、没収等をなしうる根拠はないと考えねばならないことになるであろう。しかし、更に考えてみるのに、ゲーム機を利用した本件のような賭博行為にあつては、伝統的な賭博行為のように賭客が一同に会し対面して賭博行為をするということがなく、専ら店内に設置されたゲーム機を設置者と客との中間に介在させて、設置者としてはこれにどのような客がつくかは全く問わず、いわば不特定・多数の、どのような客をも相手方とする態様のものとしてもともと成り立つているのであり、より端的に言えば、ゲーム機に千円札を投入してくれる者でありさえすれば、その賭客が誰であるかを全く認識できないように機械を設置しても何ら支障がないとの実質を有しているのであるから、このような特質に着目するときは、ゲーム機賭博については、個々の賭博行為における相手方の特定という点について通常の賭博行為の場合のような厳格な個別的、具体的特定を要求するのは適当ではなく、またそれで実際上の不都合も生じないと考えられる。むしろ、右のような特質を持つた賭博行為について厳格な個別的特定を要求することがあまりに不都合な結果を生じさせるときは、もとより常習賭博罪についても賭博行為の個々的認定が必要とされている趣旨に反しない限度内においてのことではあるけれども、賭博行為の特定につき賭客の特定以外の、やや緩和的であつてもゲーム機賭博の実質にふさわしい、合理的な方法によりうる余地を認めてゆくことは、必らずしも法の許さないところではないと考えられるのである。

そのように考えてくると、本件の場合、被告人が現行犯逮捕された時点でゲーム機内に在中した千円札の範囲は証拠上明確に把握されていて、この金額分に対応する投入者(賭客)や投入行為の存在したことは客観的に動かし難いとの実体があり、その客の氏名等は不詳であるけれどもそれがかわりに千円札に化体して捕捉されているともみられなくはない状態にあるのであるから(但し、テスト金部分を除くことについては後述。)、ゲーム機内の残存千円札に化体されている賭客との間での、判示期間内の、その店内に設置された本件ゲーム機を使用しての、右金額の限度に相応する範囲内での賭博行為という意味においては、同日前のものと違つて、ある程度の識別や行為の特定が可能であり、これによつてゲーム機賭博に必要な最低限度の個別行為特定の要請を充たしているものと考え、賭客の氏名等が不詳でそれ以上の特定ができない点は、ゲーム機賭博の特質に由来するやむを得ない結果と考えることも許されると判断するのが適当である。

そのように見てくると、本件については、判示の限度において常習賭博罪の事実を認めることができる(なお、その余の部分については個々的な賭博行為の特定表示が不十分であるが、それは審理の経過に徴すると証拠上これを上述した程度に特定、立証することも困難だという実情によるものであることが明らかである。そのため右の部分は判示賭博行為に至る営業経過的事実の一部を示しているという以上の意味を実際上有していないようであり、そのように理解しても当事者の意思に反するものではないと認められる。それらの諸点を考えると、右の部分は立証、防禦、具体的認定等の可能な判示事実の部分とは切り離し、最終的には訴因事実の記載として維持されているものではないかと考えるのが相当である。)。

二  没収について

(1)  ゲーム機内在中金の没収について

検察官は、本件ポーカーゲーム機中八台のゲーム機内に在中した金員(残りの一台には金員が在中しなかつた。)について、刑法一九条一項三号の物件に該当するとして没収の求刑をしている。

思うに、客が賭博のためゲーム機内に投入した現金(本件では千円札)は、その時点において、ゲーム機設置者のする賭博行為との関係においても刑法一九条一項一号にいう犯罪行為を組成した物に該当し、しかもその後これを賭博の結果としてゲーム機設置者が得たときは、さらに同条項三号の犯罪行為により得たる物にも該当すると解すべきである。何故ならば、ゲーム機設置者の側の常習賭博罪は、対向犯である性質上、客の賭金なくしては成立しないのであるから、客の賭金は、客のする賭博罪についての組成物件であるのみならず、ゲーム機設置者のする常習賭博罪についての組成物件でもあると解されるし、また、このような組成物件である賭物も、賭博行為の結果得喪を生じた後は、賭博により得た物として刑法一九条一項三号の要件を具備すると解することに何の支障も存しないからである。さらにまた、本件の如きポーカーゲーム機においては、客の投入した現金はすべて遅くともゲーム開始と共に機械設置者の所有に帰し、客がゲームに勝つた場合にも別に用意された金銭から支払、交付を受けるに過ぎないのであるから、賭博の結果が判明し、これにより得喪を生じた後は勿論ゲーム開始となつた以上、客がすでに投入し終つた千円札については、これによるゲームの勝負がまだついていないときであつても、ゲーム機設置者が犯罪行為によつて得た物と考えられる。

以上述べた理由により、本件ゲーム機八台に賭博のため投入されていた在中金は刑法一九条一項一号及び三号、二項本文により没収できることになると考えられるが、本件証拠によると右ゲーム機八台のうち四台(証拠略)には、機械の調整結果をテストするため、被告人の手で投入された千円札が計一〇枚(証拠略)含まれていて、これとこの四台のゲーム機に賭博のため投入された千円札三三〇枚とが混合して区別、特定することができない状態になつていることが明らかである。そして、ゲーム機の調整、テストのために投入された右のような千円札は刑法一九条一項各号に該当するとは認められないので、右四台の在中金についてはこれをそのまま全部没収することはできない。

そうだとすると、本件各ゲーム機内の在中金のうち、賭博のため客が投入した現金のみが在中すると認められる四台(証拠略)の在中金合計二五万九〇〇〇円(証拠略)は刑法一九条一項一号、三号、二項本文を適用して没収し、その余の四台(証拠略)の在中現金合計三四万円(証拠略)は被告人に一旦還付のうえ、そのうち賭博のため投入されたと認められる三三万円に相当する価額をさらに刑法一九条の二を適用して被告人から追徴するのが相当と考える。

(2)  手提金庫内の現金について

本件で手提金庫(証拠略)内にあつた現金五〇万五〇〇〇円(証拠略)はいずれも賭博後の清算に際し客にゲーム機の得点一点を一〇〇円の割合で換金する目的で準備されていたものであることが証拠上明らかである。そして、このような清算のための換金行為は賭博行為そのものではないけれども、清算資金が店内に準備されていればこそゲーム終了後直ちにその場で客の求めに応じて換金されるとの約束を客も信用し賭博行為に応じているのが実情であるから、そうしてみると清算行為は賭博行為と密接に関連した補助行為と考えられ、そのような目的で準備される現金は、刑法一九条一項二号にいう「犯罪行為の用に供せんとした物」に該当すると考えるのが相当である。

(量刑の理由)

本件は、被告人が借財等の返済をゲーム機賭博による利益によつて一挙に清算しようと企て、大半を知人から借り受けた資金七〇〇万円をもとにゲーム機九台(他に故障で不使用のもの二台)を設置したスナツクを開店し常習賭博に及んだ事案である。利得のためには犯罪行為であれ何であれ手段を選ばないという歯止めのなさは、最近の世上かなり一般的にみられる風潮であるとは言いながら、やはり大きな問題であつて量刑評価にあたつても考慮を要するところである。また、被告人は開店に必要な前記資金の借入れに関し、例えば六ヶ月の期間で二〇〇万円という高額の利息を支払う約束をしていて、そのため開店後は連日自宅へも帰らず店に泊りこんで犯行に熱中していたというのであつて、そこには被告人の強固で計画的、さらに継続的な犯意を読み取らざるを得ない。もとより、本件による収支が最終的に黒字となつたか否かはともかくとしても、開店以来の僅か二ヶ月足らずの間に、被告人は本件賭博行為によつて約七五〇万円見当に達する高額の収入を得ていたこと、各ゲーム機の稼働状況を示す集計表を一旦作成して実情の点検をしながら、その後はこれをほぼ毎日破棄し、犯行発覚防止の手を打つなど巧妙な手段を講じていたことなどの事情を総合すると被告人の本件犯情は到底軽視すべきものではない。

しかしながら、他方、被告人に有利な事情として、被告人にはこれまで道交法違反による罰金前科が一犯あるのみで他には前科・前歴がなく、今回初めて身柄拘束のうえ正式に起訴され深刻な反省の機会となつたこと、当公判廷でも改悛の情顕著と認められること、保釈後知人の援助を得て転進し、現在は会社役員として真面目に働き、一家の支柱として妻子の生活を支えながら借財の返済に努力していることが認められること、そして何よりも知人で名の知れた漫才家小板橋喜八郎が当公判廷に証人として出廷のうえ、今後の指導、監督を具体的な方法をも含めて誓い、実際上これに相当の期待が持てるように感じられること等々の事実も認められるので、以上一切の事情を総合考慮し、今回の件については被告人に対し自力で更生する機会を与え、またこれに期待するのが相当と認め刑の執行を猶予することとした。

(求刑懲役六月、ゲーム機及び現金等没収)

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 秋山規雄 安井省三 合田悦三)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例